スタッフリレーインタビュー 第2回
美術監督 水谷利春
スタッフリレーインタビュー第2回は、J.C.STAFFと長年タッグを組んでいる背景美術制作会社「ムーンフラワー」の代表、水谷利春氏に登場いただいた。原作にある水彩タッチのカラーイラストに衝撃を受けたと語る水谷氏が、美術制作の上でテーマにしていることを聞いた。
『クジラの子らは砂上に歌う』は、美術が頑張らないでどうする! という作品です
—— まずは、作品に参加した経緯を教えてください。
水谷 J.C.STAFFさんとは、『探偵オペラ ミルキィホームズ』シリーズや『ふらいんぐうぃっち』、『リトルバスターズ!』シリーズなどを担当させて貰っていたんですが、今回のタイトルは特に、手描きメインのうちでお願いしたいと話を頂きました。
—— 『クジラの子らは砂上に歌う』の原作を読まれて、どのような感想を持ちましたか?
水谷 単行本の表紙イラストでまずノックアウトされましたね。ただ、これをアニメ化するのはボリューム的に大丈夫なのかなと(笑)。TVシリーズですから、作業期間もスタッフの数も限られてきますので、どこまでこの繊細なテイストを再現できるのか、というところです。アニメはアニメ、との考え方もありますが、原作のイラストを見てしまうとそうは言えないですからね。
—— TVシリーズの枠の中で、どこまで再現できるかを考えたと。
水谷 はい。線画としてもかなり繊細なので、まずこの“線”をどう扱うかがネックになります。僕は手描き中心ですし、先行して公開されたPVでは丸ペンなんかも使ったのですが、量産を考えるとその手法では厳しい。なので、鉛筆で描いて、それをスキャンして取り込みPC上で処理していく形です。現場の中心はデジタルなので、多くの美術はデジタル上で線画を描いています。ただ、すべてをデジタルにしてしまうと、手描きのペンで描いたときの、スッと(線が)抜けていく感じが難しいので重要な場面では併用しています。
—— 『クジラの子らは砂上に歌う』は、バトルシーンも多いファンタジーですが、美術を制作する上で重要視した部分はどこですか?
水谷 SFやファンタジーという架空の世界観で一番難しいのは、「衣・食・住」なんです。そこにどれだけのリアリティを持たせて落とし込んでいけるか。リアリティを求めるために、僕の場合は作品の世界観と似通った文明を探していきます。例えば、ローマ時代や古代エジプト、果ては聖書の時代にまで遡ることもあります。なんとなくの流れで描いてしまうと、時代感が合わないものが突然登場して「あれ?」となったりする(笑)。今回でいうと、古代アレクサンドリアが意外と世界観にフィットしましたね。
—— 実在の文明を参考にして描かれたんですね。
水谷 はい。ただ、泥クジラの周囲は砂漠なので、その季節感も想像しなければなりません。原作には農園があるのですが、準備段階である今は、春のものと夏のものをごちゃごちゃに混ぜて描いています。そのあたりを、イシグロ(キョウヘイ)監督と詰めていくのが美術制作の仕事ですね。とにかく原作がきっちりしていて偉大なので、それを再現するためにスタッフ全体のレベルアップを図っているところです。
—— 『クジラの子らは砂上に歌う』では何名くらいで作業をされているのでしょうか?
水谷 社内7~8名のスタッフ+外注スタッフといった体制です。ただ、最近は美術監督がひとりだと追いつかないので、複数名で対応しています。美術監督はスケジュール進行も含め、雑用が多いんですよ。枚数が上がらないときは(外部に)発注して管理もしなければいけない。今はデジタルなので、手描きの頃のように(修正に)直接手が加えられないのもあります。絵の具だったらすぐ直せるのにな、というもどかしさはありますね。
—— デジタルと手描きを併用する上での問題点もやはりあるのでしょうか。
水谷 ただ、最近はデジタルの人たちもたくましいと思いますよ。「これは無理かな?」と思った背景でもあっさり「大丈夫です」という答えが返ってきたりしますからね(笑)。
—— 設定を描く中で、何か印象深いものはありますか?
水谷 僕は線画が好きなので、設定を描いている分にはどんなものでも楽しいです。今回は世界観も濃厚なので、スタッフのみんなも生き生きしていますね。気を付けていることと言えば、原作に名前が表記されている植物はそのまま描いています。きっちりと設定がある部分はなるべく拾っていこうとスタッフの間で意思の共有はしています。原作は緻密ですし、アイディア的にも簡単に想像できないものがいっぱいありますから、気を抜くとそれが反映できなくなってしまうので。
—— 3月に公開されたティザービジュアルの背景は、どのように進められたのでしょうか。
水谷 これは鉛筆で描いたものを取り込んでいます。カラーもアナログで塗っています。雰囲気としては、フレンチコミックとかメビウス(※フランスの漫画家)的なものを意識しました。
—— では最後に、今回の作品で楽しみにしてもらいたい部分を教えてください。
水谷 僕はビジュアル人間なので、絵の方に気を取られてストーリーがおろそかになってしまうことも多いんですけど、今回はストーリーにも引き込まれました。そうすると、絵に力も気持ちもスッと入っていくんです。そんな原作の魅力を活かして、観ている人に衝撃を与えられるような美術ができれば良いなと思います。「え、こんなことができるの?」みたいな。その分、プレッシャーもありますが、『クジラの子らは砂上に歌う』は本当に、美術が頑張らないでどうする! という作品ですからね。
近作に『ソード・オラトリア ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか 外伝』、『ユーリ!!! on ICE』など。