スタッフリレーインタビュー 第4回
音楽 堤 博明
アニメ『クジラの子らは砂上に歌う』、放送前スタッフリレーインタビュー第4回は、劇伴を手掛ける堤博明氏が登場。原作にすっかりハマってしまったという堤氏が、音楽に対してこだわりの深いイシグロ監督と共に作り上げた劇伴とは。ベルリンと東京の2ヶ所で敢行したレコーディングの経緯とその感触も含めて語ってもらった。
自然すぎて気にならないくらい、
映像に没入できるようなものとして音楽を楽しんでもらえたら
—— 堤さんが今回、音楽として参加した経緯をお聞かせください。
堤 イシグロキョウヘイ監督とは以前、別の作品でご一緒していまして、その繋がりもあって今回オファーをいただきました。
—— 原作を読んでどのような印象を持ちましたか?
堤 面白くて全巻揃えてしまいました。絵もきれいなテイストで個人的に好みでしたし、一方で激しいバトルも多いというギャップにハマりました。物語としても切ない内容でグッとくるような描写が多くて、一読者としても想い入れのある作品になりましたね。キャラクターとしては、ギンシュがストライクで(笑)。
—— それはどのような部分ですか?
堤 キャラクターとしてあっけらかんとしながら核心を突くところとか。他のキャラクターもそれぞれ魅力的で。オウニにも惹かれました。
—— 原作を読みながら、どのような音楽を思い浮かべましたか?
堤 当初は、色彩豊かな、カラフルなイメージが思い浮かびました。いろんな楽器が散りばめられていて、その中で、少し民族テイストが入ったようなものというか。
—— イシグロ監督からはどのようなイメージが伝えられたのでしょうか?
堤 イシグロ監督からは、“ユニゾン”という言葉をもらいました。それがすごく印象的でしたね。僕が思い浮かべた色彩豊かなイメージとはある意味、相反するキーワードだったので、制作する上でも大きな指針となりました。
—— なるほど。では、実際の制作過程を教えてください。
堤 サウンドとしてはオーケストラがメインなのですが、今回はシンセサイザーなどを極力少なく、生楽器だけの一発録音に数多くチャレンジしました。そのことで、土着的な響きというか、キャラクターたちの生の部分、温度感みたいなものが生まれてくれればと。
—— 東京のほか、ドイツのベルリンでも録音されたそうですが、海外レコーディングに挑んだ理由もそのあたりにあるのでしょうか。
堤 それはありますね。加えて、僕自身想い入れのある作品なので、新しいエッセンスを海外録音によって得たい、というのはありました。また、『クジラ』は海外でも人気のある作品ということで、そういった展開を視野に入れたときに、サウンドの空気感やスケールなど、世界の方々に受け入れられる要素を増やす意図もありましたね。
—— 実際に海外でレコーディングしてみて感触はいかがでしたか?
堤 月並みな感想ですけど、感動しました。約60人で編成されたオーケストラで一発録音を行ったのですが、そこで生まれる音の揺らぎひとつとっても迫力が違うんです。その意味では、海外レコーディングだからこそのスケール感が劇伴にも宿ったかなと思います。
—— サウンドとしては王道の雰囲気はありますね。
堤 意図して奇をてらうような事はしない事を意識しました。僕は自然体で曲を作るとリズムやアクセントで遊んだり、奇をてらう方向に行きがちなので(笑)。結果的に出来上がったサウンドがファンタジーに似合うものになっていたとしたら、自分としてはすごく嬉しいですね。
—— 楽器面での特色はあるのでしょうか?
堤 僕のこだわりでエレキ(ギター)を一切使っていません。アコースティックギターのパートでも、なるべく12弦のものを使っていて、ほかにもリュート(中世から存在する弦楽器)やガットギターを使っています。そのほか今回は、ちょっと変わったニュアンスが欲しいと思っていて、自分でバイオリンを弾いている箇所もあります。それは作品の中にあるキャラクターたちの息遣いをどうやったら出せるかを考えた結果で。プロによる芸術としての演奏じゃなくて、映像に寄り添う劇伴としての演奏を優先した形ですね。
—— 第一弾PVに使用された、ボーカル楽曲のコンセプトを教えてください。
堤 イシグロ監督から言われたコンセプトは、“子守唄のような懐かしいメロディ”というものでした。個人的には、頂いたコンセプトに加え、民族感とクラシックのサウンドがうまく混じり合ったバランスになる様に心がけました。楽曲はイシグロ監督からの提案で、CマイナーからAマイナーに調が変わっています。それによって、よりシンプルに聴こえるようになりました。
—— 監督自ら、調の変更まで指示があるのですね。
堤 監督は元ドラマーなので、音楽に詳しいんですよ。ちなみに歌声に関しても特徴があって、変声期真っ只中の男の子が歌っているんです。チャクロと同世代(録音当時13歳)の中学生なのですが、おそらくあの声はもう二度と出せない。歌いづらい時期に、トライをしてもらいましたが、その変声期のタイミングで歌って頂けたのはとても貴重でしたね。
—— 最後に、堤さんがアニメとして楽しみにしているところ、そして音楽面で聴いてもらいたいところを教えてください。
堤 第一弾、第二弾とPVを見て、僕も期待が高まっています。原作のイメージがどういう風にアニメーションになるのか楽しみです。音楽に関しては、自分が劇伴を制作した中では一番というくらい仕掛けを入れています。例えば、泥クジラの人々に襲いかかる帝国側にあてるものとして作成した音階を、クジラ音階と名付けて楽曲に散りばめたりしました。暗さの中に妙な明るさも感じられる、狂気的なイメージになっています。そういった仕掛けは随所にありますし、気づいてもらえたら嬉しいですね。一方で、劇伴全体としては、自然すぎて気にならないくらい映像に没入できるようなものとして楽しんでもらえたらベストかなと思います。